洋学史学会若手部会

洋学史学会に所属する大学院生・学部生を中心とする若手部会です。

【第3回若手部会】内容報告

第3回若手部会を開催いたしました。今回の報告は、会員2名による研究報告でした。以下にその概要を報告いたします。

 

日時:2017年12月10日(日)15:00~18:15

 

研究報告①

報告者:松尾悠亮(明治大学大学院博士後期課程)

題目:「福岡藩主黒田斉清の世界認識」

 

 文政11年(1828)福岡藩主・黒田斉清とオランダ商館付医師として来日していたフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトと面会して様々な質問を行うが、その質問内容(『下問雑載』)から黒田斉清の思想の検討を行うものであった。松尾は、斉清の質問内容の中でも特に、斉清の世界の民族の容姿や風俗に関する質問に注目すべきであると述べ、斉清の世界観は、斉清の「天度(=緯度)」の理解と関連しており、そこには、『経世秘策』・『西域物語』における本多利明と同様に、「運気論」の影響がみられることを指摘した。報告後、フロアからは、シーボルトとの面会当時の状況について、斉清の海外情報収集の目的と福岡藩との関わりについての質問が出た。

 

研究報告②

報告者:阿曽歩(国際基督教大学大学院博士後期課程)

題目:「大槻平泉の「内憂外患」と学問」

 

 仙台藩藩校・養賢堂の学頭であった大槻平泉が全国各地を遊歴した後に著した『経世体要』(1806序、別名『遊学秘録』)という書物に着目し、平泉の若い時代の思想を「内憂」と「外患」の二つの側面から考察するものであった。阿曽によれば、平泉の「内憂」には、人々の間に取り巻く「皇国」への信頼の失墜に対する危機感があり、それらは「国体」を知らないことに起因するという。また、平泉の「外患」には、平泉が長崎でレザノフらロシアの使節団を目撃したことから危機感を抱き、ロシアを仮想敵として備えるべきであり、西洋に学び、すぐに新たな技術を取り入れなければ西洋に対抗することができないとの内容であったという。報告後、フロアからは、『経世体要』の書誌情報について、平泉の将軍と天皇の関係の理解について、また、軍事技術をどのように取り入れようと考えていたのか、などの質問が出た。

                                (文・橋本真吾)