洋学史学会若手部会

洋学史学会に所属する大学院生・学部生を中心とする若手部会です。

【10月オンライン例会】内容報告

 洋学史学会若手部会では10月オンライン例会を開催し、2名の会員による研究報告が行われました。以下にその概要を報告致します。

《10月オンライン例会①》
日時:2020年10月3日(土)14:00~15:00
報告者:菊地智博(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)
報告タイトル:「韮山代官江川英龍の海防建議書とその変遷」

 本報告は、江川文庫所蔵江川家文書に残る海防意見書草案の原本と、明治期に江川英武がまとめた「建議書抜萃」とを比較させることで、江川英龍の天保8(1837)年から天保10(1839)年の海防建議書がどのように変遷していったのかを明らかにしたものである。特に付箋のはりつけや書き替えなどから、農兵論を初めて建議した天保10年の建議書に至る修正・加筆過程とその時期を、蛮社の獄に至る政治過程のなかで明らかとした。
 田原藩家老渡辺崋山が「諸国建地草図」の中で、房総相州への大名移住を建言しており、江川はこれを受けて天保10年4月の建議書に取り入れたほか、伊豆への大名移住を献策したことが天保10年5月の建白書にみられることが報告された。
 質疑では、採用する側の動向や儒学者などの動向、江川の提出したこの後の海防書の検討も含めた様々な観点から検討することによって、江川の海防建議書の意義が見いだせるのではないかという指摘があった。


《10月オンライン例会②》
日時:2020年10月24日(土)14:00~15:00
報告者:サイジ・モンテイロ ダニエル(パリ大学博士後期課程・東京大学史料編纂所外国人研究員)
報告タイトル:「西川如見の書物からみる近世長崎の学問と混合宇宙観」

 明代の儒学者馮応京(ふうおうけい)は『月令広義』(1602)で、マテオ・リッチ(利瑪竇)が作製した初めての世界地図『山海輿地全図』(1584)にみられるようなヨーロッパ由来の宇宙観を紹介した。馮の著書を引用し、『両儀集説』(1714)を著したのが、長崎の学者西川如見であった。
 報告ではまず、如見が『両儀集説』で示した宇宙観は、中国明代の儒学、漢籍伝来のイエズス会系宇宙論の理解に基づく「ハイブリッド・コスモロジー(混合宇宙観)」と呼べるものである、との指摘がされた。その上で、この宇宙観が生まれた背景について、如見の思想に近世中期の長崎の学問における華夷思想が反映していること、そして当時、如見が世界万国の中における日本の位置を考え直すために、天文・地理学的技術の振興を唱えたことが関連している、との報告がなされた。
 質疑では、ポルトガルやスペインから渡来した南蛮系宇宙論と、如見の「混合宇宙観」はどのように違うのかというものがあった。そのほか、長崎の学問とは具体的にどのようなことを指示しているのか、息子正休にその影響が見られるか、という質問が出た。
 洋学は漢訳洋書を読むことから始まった(岸田知子『漢学と洋学 伝統と知識のはざまで』)とするならば、本報告はまさにこの一端が垣間見えるような報告だったといえよう。

                                (文・塚越俊志)