洋学史学会若手部会

洋学史学会に所属する大学院生・学部生を中心とする若手部会です。

【内容報告】2024年2月例会

 洋学史学会若手部会では2月例会を対面・オンライン併用のハイブリッド形式で開催しました。以下、その概要を報告いたします。

日時:2024年2月3日(土)14:00〜18:00
開催場所:対面(電気通信大学)、オンライン(Zoom)

報告者①:中里灯希(一橋大学大学院社会学研究科修士課程)
報告タイトル:「斎藤阿具の歴史観」

報告中の風景(1)

 本報告では、明治期から昭和初期の教育者であり、日蘭交渉史研究者である斎藤阿具の著作類を、日蘭交渉史の先行研究ではなく、19世紀後半から20世紀初頭に生きた研究者の歴史観を知ることができる「史料」と捉えた。また、当時の教育者・研究者が歴史学に対してどのような考え方を持っていたか、などを考察した。
 報告者は、まず、斎藤が学生時代にドイツからのお雇い外国人であるルートヴィヒ・リースから歴史学を学んだことの意義として、実証史学の重視を指摘した。その上で、著作類の内容と叙述の傾向から、斎藤が、リースの伝えた実証史学を受容した一方、西洋流の、「東洋史」が含まれていない歴史学に限界を感じており、歴史学を、世界情勢における自国の立ち位置を確認し、自国を取り巻く問題を明らかにするツールとして位置付けていたことを明らかにした。
 また報告者は、修士論文において、斎藤がドゥフ研究を行った理由や、教育家としての歴史学と、研究者としての歴史学のズレなどを指摘したうえで、斎藤の人物研究を行う旨を、今後の展望として示した。
 参加者と報告者で、斎藤がドゥフを研究した経緯や、同時代史的に斎藤の目指した歴史学がどのように評価できるのか、教え子への影響などに関する質疑応答がなされた。

報告者②:布川寛大(國學院大学大学院博士課程後期)
報告タイトル:「吉田松陰による九州遊学の再検討−西洋列強情報の受容と反応−」

報告中の風景(2)

 本報告では、長州藩士・兵学者の吉田松陰が実施した九州遊学の再検討を通じて、近世後期における、ペリー艦隊来航前の西洋列強情報の受容と、その影響について考察した。その事例の一つを示すべく、遊学の意義を、吉田個人への影響から考え、時期ごとに分析した。
 報告者によると、遊学以前、吉田は『坤輿図識』を学ぶなど、ある程度西洋列強情報に接しており、英仏を忌避し、西洋砲術に対する和流砲術の優位性に自信があったことなどを示した。遊学中については、彼の遊学での読書活動の全体像を確認し、吉田の関心が、「西洋列強情報」から、「儒学に基づいた和漢古今の事蹟」へと変化したことを示した。遊学後、吉田は兵学の諸流派の統一を目指し、その方法は儒学的な心の修養であった。つまり、「外」である西洋列強情報を集めていた吉田が行きついたのは、「内」である東アジア文化圏共通の規範である儒学の再評価であった。遊学以前の吉田の西洋列強情報との接点や、特定の書籍への注目にとどまっていた、といった先行研究での課題を克服した。
 参加者からは、吉田が行った九州遊学の同行者の有無や費用などの確認や、オランダをどう見ていたかなどの点について質疑がなされた。

                               (文責:芦田雄樹)