洋学史学会若手部会

洋学史学会に所属する大学院生・学部生を中心とする若手部会です。

【2021年6月オンライン例会】内容報告

洋学史学会若手部会では6月オンライン例会を開催し、2名の会員による研究報告が行われました。以下にその概要を報告いたします。

日時:2021年6月5日(土)14:00〜16:10

報告者①:吉田宰(尾道市立大学講師)
報告タイトル:「西村遠里『居行子』の流布に関する書誌学的考察」

 本報告の目的は、西村遠里による随筆『居行子』(安永4年〈1775〉刊)を書誌学的に検討することで、その流布の概要を把握することである。遠里(号:居行)は京都在住の市井の天文暦学者で、本書は弁惑・教訓や自然現象の解説、中には物産など洋学と関連するテーマも扱っており、内容は多岐に亘る。
 『居行子』の流布の概要を把握・解明すべく本報告で採られた方法は、印(刷り)に現れる版木の細部の欠けや刊行書肆名の変化等により版本の年代的前後関係を推定する、あるいは字形や記載内容の変化等により覆刻を認識する、という手法である。この手法による分析の結果、初版早印本から改竄本に至るまで、少なくとも7種類に分類されることが判明した。今後は、この分析結果を敷衍し、『居行子』が広く読まれた背景を検討していきたいと展望が述べられた。
 報告後のフロアからの質疑に対し、『居行子』が好評のためシリーズ化したこと、第3作『居行子新話』以降は上方だけでなく江戸でも販売されたこと、専門的知識でも庶民に理解しやすいように記述されていたこと等が説明された。現在はまだ調査途中だが、幕府天文方・渋川景佑の蔵書印を有する版本も判明しており、更なる調査により当時の知の形成に本書が与えた影響が明らかになることが期待される。

報告者②:西留いずみ(國學院大學大学院特別研究員)
報告タイトル:「『増補再版格物致知略説』訳出をめぐる金武良哲と久米邦武」
 

 本報告は、佐賀藩の蘭学者金武良哲が教授目的でオランダ物理学書を翻訳した原稿「増補再版格物致知略説」と、久米邦武によるその修文稿「物理学」(未完)を比較検討し、これまでの研究史では久米の「物理学」が検討されたのみであったのに対し、両者の成果を再評価すると同時に、この共同作業の意義について考察を行ったものである。
 まず、金武稿と修文稿の比較検討の結果が報告され、主に以下の三点が明らかとなった。第一に、金武の翻訳調文体を久米がこなれた文章に修正していたこと。第二に、卑近な例の導入により読者の理解を図っていること。そして、第三に『米欧回覧実記』と同様のスタイルで、自身の経験・知識等を加筆していること。次に、報告者の調査により、金武稿が佐賀藩の理学教育に貢献したこと、さらに、同稿から得た知識が久米の『米欧回覧実記』執筆の際に役立ったことが明らかになった。最後に、高田誠二氏の蘭学(金武)と漢学(久米)の「<異文化接触>事象への着目が洋学史研究の発想を拡張する」という指摘をふまえて、更に両者の共同作業の再検討を行いたいとの展望が述べられた。
 報告後フロアからは、金武稿の佐賀での流布状況、久米の修正の理由、金武の維新後の状況等について質疑応答が行われた。

                           (文・佐々木千恵